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2004年11月29日

ともさん、ともさん (1)


ともさん ともさん はなつみゆこうや おててつないで かごさげて つんだはなばな こたばになして みははマリアに ささげましょう はなはわれらの おてほんさまよ ひとのこころの いましめよ ゆりはけっぱく ぼたんはあいで はでなさくらは しんとくよ にくしうらめし やまおろしかぜ さけるさくらを ふきちらす さけるはなさん いくらもあれど みのるはなさん いくらです ともよわれらも このよのはなよ とくのみのりに うまれきた いかにあらしの ふきすさぶとも こころひきしめきをつよめ かみのみそのに たのしむまでは しゃばのあらしに ちるまいぞ

tomosan tomosan hana-tumi-yukouya otete-tunaide kago-sageti tunda-hanabana kotabani-nasite mihaha-mariani sasage-masyo hana-ha-warerano otehon-samayo hitono-kokorono imasimeyo yuri-ha-keppaku botan-ha-aide hadena-sakura-ha sintokuyo nikusi-uramesi yama-orosikaze sakeru-sakurawo fuki-tirasu sakeru-hanasan ikuramo-aredo minoru-hanasan ikura-desu tomoyo-wareramo konoyono-hanayo tokuno-minorini umare-kita ikani-arasino fuki-susabu-tomo kokoro-hikisime-kiwo-tuyome kamino-misono-ni tanosimu-madeha syabano-arasini tiru-maizo




子どもを、ひざの上に抱っこして手を取り、振りながら遊ぶ。


長崎市から車で45分ほど、広々とした五島灘を左手に見ながら西彼杵半島をゆっくりと北上して長崎県外海町出津・黒崎地区へ。遠藤周作 の「沈黙」の舞台となった黒崎教会を過ぎると、遺跡や歴史的建築物が集まり、出津文化村と呼ばれる一帯です。 文化村には、明治時代にこの地に功績を残したフランス人宣教師のド・ロ神父の記念館があります。この記念館のシスターから教わったのがこの歌です。 ほほえみが印象的なシスターは、 ミサ用のオルガンの椅子に座り、昔を思い出すようにゆっくりとうたってくれました。 「この辺りでは、母親たちはみな、子どもをひざに抱っこして手を振りながらキリシタンの教えをわらべうたに託してあそんでくれたの。」とシスター は語ります。外海町にも、禁教時代に過酷な迫害の中で、生きてきたキリシタンたちがいました。 入り組んだ地形が、キリシタンの里を守ったのでしょうか。その貧しく質素な町にやってきたド・ロ神父は、産業や教育の発展に寄与しました。 住民たちは、今もキリシタンの教えを守り続けているのです。子ども達はこうしたわらべうたをうたいながら、その分かち合いの精神を身につけたのでしょう。 「旬もおいしい物が手に入ると、まず教会に持って行き、そしておとなりへ、最後に残った物を自分の家で食べたものです。」と地元の人が話してくれました。 地域の助け合い精神は、今の時代にもうたい継がれているのですね。(西日本新聞2004年12月12日掲載)

2004年11月14日

ぞうりかんづれ


ぞうり かんづれ かたらん もな つしのこの かみさしこうて いとぶや ぶうつき ぶうつき しょうない しょうない またごて のおのお またごての

zouri kanzure kataran-mona tuti-no-kono kamisasi-koute itobuya buutuki buutuki syounai syounai matagote noonoo matagoteno




鬼ごっこ遊びです。草履を並べ、歌の最後の「の」に当たった草履の子が鬼になって 追いかけっこしながら遊びます。 次に、捕まった子どもが草履をうたい数えます。


長崎の外海町のド・ロ神父記念館にいらしゃるシスター橋口ハセさんから教えて頂いた歌です。 86歳になられるシスターが、幼い時に遊ばれた歌です。 その時代は、おもちゃなどではなく、身近なもので遊んだと言われました。 今もシスターは、来館者にド・ロ神父が約130年前にがフランスから取り寄せた教会オルガン(ハルモニウム)で、賛美歌を歌って聴かせておられます。

2004年11月13日

一里 二里 三里


いちり にり さんり しり しり しり しり・・・・・

itiri niri sanri siri siri siri siri・・・・




いちりで、あかちゃんの両足の親指をつまみ上げます。にりで、両足の足首をつかみ、さんりで両膝をつかみます。 しり しり しり しりで、おしりをくすぐります。


この遊びは、赤ちゃんに限らず、子どもが大きくなってもしてあげたい『わらべうた』です。 歌はテンポ通りにうたうのではなく、両足の親指や足首をキュッキュッとつぼを刺激するように 、緩急自在につまんであげましょう。

2004年11月10日

ぎっこん ばったん


ぎっこんばったん ちゃんぽろりん じいにいったん おってきしゅ んべへいったん おってきしゅ ぎっこんばったん ちゃんぽろりん

gikkon-battan tyanpororin zi-ni-ittan otte-kisyu nbe-he-ittan otte-kisyu gikkon-battan taynpororin




両足をのばしてひざの上に子どもを乗せ、手を取り歌に合わせて前後にはた織りをするよう紡ぐ。或は船こぎのようなしぐさで漕ぐ。


昔、長崎の外海で歌われ遊ばれていたていた、わらべうたです。 外海町は、かつてキリシタンの信仰が迫害を受けた時代も隠れながら奥深い山々や、 入り組んだ海岸に守られ信仰が生き続けている地方です。 ドロ神父様の教えを守り、人と人が助け合い、分かち合う精神はこの歌にもうたわれています。 爺に一反、んべ(お婆さん)へ一反と歌っているのは、そのやさしい気持ちの表れでしょう。 ”あっかとばい”では、一歳の赤ちゃんのグループから大切な身近なお父さん、お母さん、 兄妹、お友達の名前を入れてうたっています。 ひざの上に乗せたり、手を取り合いながら遊ぶわらべうたは、沢山ありますが、子どもは歌の中に 自分の知っている人の名前が出ると、思わずにっこり微笑みます。 歌が自分のものになるからでしょう。 これは大切な事で、親と体を添わせて一体となり、反物をおりながらプレゼントする人のことを想像するのです。 そして、くり返し、くり返し何人にもに織ってあげるのです。 今の時代は物が溢れていますが素朴な歌は、子どものイマジネーションを豊かにします。(長崎新聞 掲載)(参考資料: 佐賀 長崎のわらべ歌 柳原書店)