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ともさん、ともさん (1)


ともさん ともさん はなつみゆこうや おててつないで かごさげて つんだはなばな こたばになして みははマリアに ささげましょう はなはわれらの おてほんさまよ ひとのこころの いましめよ ゆりはけっぱく ぼたんはあいで はでなさくらは しんとくよ にくしうらめし やまおろしかぜ さけるさくらを ふきちらす さけるはなさん いくらもあれど みのるはなさん いくらです ともよわれらも このよのはなよ とくのみのりに うまれきた いかにあらしの ふきすさぶとも こころひきしめきをつよめ かみのみそのに たのしむまでは しゃばのあらしに ちるまいぞ

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子どもを、ひざの上に抱っこして手を取り、振りながら遊ぶ。


長崎市から車で45分ほど、広々とした五島灘を左手に見ながら西彼杵半島をゆっくりと北上して長崎県外海町出津・黒崎地区へ。遠藤周作 の「沈黙」の舞台となった黒崎教会を過ぎると、遺跡や歴史的建築物が集まり、出津文化村と呼ばれる一帯です。 文化村には、明治時代にこの地に功績を残したフランス人宣教師のド・ロ神父の記念館があります。この記念館のシスターから教わったのがこの歌です。 ほほえみが印象的なシスターは、 ミサ用のオルガンの椅子に座り、昔を思い出すようにゆっくりとうたってくれました。 「この辺りでは、母親たちはみな、子どもをひざに抱っこして手を振りながらキリシタンの教えをわらべうたに託してあそんでくれたの。」とシスター は語ります。外海町にも、禁教時代に過酷な迫害の中で、生きてきたキリシタンたちがいました。 入り組んだ地形が、キリシタンの里を守ったのでしょうか。その貧しく質素な町にやってきたド・ロ神父は、産業や教育の発展に寄与しました。 住民たちは、今もキリシタンの教えを守り続けているのです。子ども達はこうしたわらべうたをうたいながら、その分かち合いの精神を身につけたのでしょう。 「旬もおいしい物が手に入ると、まず教会に持って行き、そしておとなりへ、最後に残った物を自分の家で食べたものです。」と地元の人が話してくれました。 地域の助け合い精神は、今の時代にもうたい継がれているのですね。(西日本新聞2004年12月12日掲載)

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