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2005年08月30日

うちのせんだんのき


うちのせんだんのき せびがちいてなくよ 「★ドンドンシャンシャン ドンシャンシャン」 せびがちいてなかんときゃ びっきがちいてなくよ「★」 うちのくぐりどは くぐりよかところ 「★」 うちのくぐりどは くぐりにくかところ 「★」

uti-no sendan-no-ki sebi-ga-tiite-naakuyo 「★dondon-syansayn don-syansyan」 sebi-ga-tiite-nakan-tokya bikki-ga-tiite-naakuyo「★」 uti-no kugurido ha kuguri-yoka-tokoro「★」 uti-no kugurido ha kuguri-nikuka-tokoro「★」




1)操り人形を歌にあわせて踊らせる。 2)めいめい好きな太鼓やドラ、鈴、マラカスなどの鳴り物を持ち、うたいながら行進する。 それぞれの歌のドンドンシャンシャン ドンシャンシャンの所で足踏みしながら鳴らす。


佐賀の門くぐり遊びです。手をつないだ隊列の一番端の門役2人を、反対の端の子がくぐっていきます。 他に”あっかとばい”では、2)のように賑々しく遊びます。これだと2歳ぐらいから始められて、いろんな楽器が楽しめます。 子どもは、お祭りらしくいろんな鳴り物をドンドンシャンシャン ドンシャンシャンで鳴らすのが好きです。 あたりかまわずドラや太鼓をがんがん鳴らすと、普段は耳を塞ぎたくなりますがこの歌でお祭りのように はしゃぎ、踊れることは子どもにとって大切です。(参考資料: 佐賀のわらべうた 音楽の友社)

2005年08月21日

ひとふた ちょうろくさん


ひとふた ちょうろくさん なんぼがとおよ(十) とおよが二十 二十が三十 三十が四十 四十が五十 五十が六十 六十が七十 七十が八十 八十が九十 九十が百ヨー トコいっかん貸しました。

hito-futa tyourokusan nannbo-ga to-yo to-yo-ga nizyu nizyu-ga sanzyu sanzyu-ga youzyu yonzyu-ga gozyu gozyu-ga rokuzyu rokuzyu-ga hitizyu hitizyu-ga hatizyu hatizyu-ga kyuzyu kuzyu-ga hayku-yo toko-ikkan kasimasita




歌に合わせお手玉を投げ上げ、受けとったり、拾ったりする。いろんなやり方がある。


対馬のお手玉歌のご紹介です。最近はお手玉で遊ぶ光景を見かけなくなりましたが、世界のお手玉の歴史は古く、 紀元前からトルコの城壁には羊のかかとの骨でお手玉遊びをしている姿が彫られているそうです。 日本では、奈良時代に中国から伝わり、それが江戸時代になって布のお手玉に変わり、 俵形や座布団形になっていったようです。昔、お手玉はみな手作りで、おばあちゃんから孫へと伝承していました。 中味は大豆やヒエ、数珠玉(じゅずだま)(河原に生える野草)など。特に数珠玉お手玉は素朴な風合いで、 握り具合や音が最高でした。 しかし、コンクリート護岸になった現在、数珠玉はなかなか手に入らなくなりました。 また、長崎の類歌として「ひとふた/ちょうろくさん/なんぼがとうふ/とうふがにんじん/にんじんがさんしょ/ さんしょがしいたけ/しいたけがごぼう/ごぼうがろうそく/ろうそくがしちりん/しちりんがはがま/はがまがくじら/ くじらが百かんめ」という面白い歌があります。遊びには歌がつきものですが、これには節(ふし)が伝わってなく残念です。 私たちはこの半世紀、既製の物を安易に買うことができる一見便利な社会を手に入れた半面、家族の在り方、 自然環境の大切さをおざなりにしてきました。素朴な遊びを伝えないのは、非常に残念なことだと思います。 今こそ遊びや生活を見直す時期に来ているのではないでしょうか。(長崎新聞 掲載)