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2005年09月20日

ともさん ともさん (2)


1・ともさん ともさん花つみゆこや お手てつないで かご下げて 2・つんだ花々 小束になして 御母(みはは)マリアにささげましょう 3・花は我(われ)らの お手本様よ 人の心のいましめよ 4・ユリは潔白 ボタンは愛よ 派手な桜は信徳よ 5・憎しうらめし 山おろし風 咲ける桜を吹き散らす 6・咲ける花さん いくらもあれど 実る花さんいくらです 7・友よ我らも この世の花よ 徳のみのりに うまれきた 8・いかに嵐の 吹きすさぶとも 心引きしめ 気を強め 9・神の御園(みその)に 楽しむまでは しゃばの嵐に 散るまいぞ

1.tomosan tomosan hana-tumi-yukouya otete-tunaide kago-sageti 2.tunda-hanabana kotabani-nasite mihaha-mariani sasage-masyo 3. hana-ha warerano otehon-samayo hitono-kokorono imasimeyo 4.yuri-ha-keppaku botan-ha-aide hadena-sakura-ha sintokuyo 5.nikusi-uramesi yama-orosikaze sakeru-sakurawo fuki-tirasu 6. sakeru-hanasan ikuramo-aredo minoru-hanasan ikura-desu 7. tomoyo-wareramo konoyono-hanayo tokuno-minorini umare-kita 8.ikani-arasino fuki-susabu-tomo kokoro-hikisime-kiwo-tuyome 9. kamino-misono-ni tanosimu-madeha syabano-arasini tiru-maizo




あかちゃんをひざの上に乗せ 手を振ってあげながら歌ってあげる。 また、子どもたちで輪になり、 手をつなぎ右回りや、 輪を縮めたり広げたり、 手をかざして踊る。


最終回となりました。外海のド・ロ神父記念館のシスター橋口さんに教えてもらった、人の生きていく道しるべを示すわらべ歌です。外海では赤ちゃんをひざの上に乗せ、手を振ってあげながら歌ってあげていたそうです。 長崎は仏教やキリスト教が、その時代の権力に翻弄(ほんろう)され迫害された歴史があります。その中にあって、他県にないカトリックの教えを、わらべ歌の節で歌っています。歌詞が外海の美しい風景、マリア像のある教会の風土にふさわしく、この世が徳(善の世)であること。その徳の実りに生まれてきた私たち花は、つらいことにめげず、それぞれ心引きしめ、しっかり生きましょう、と。 わらべ歌は古く、もうなくなってしまったと思われる方が多いかと思います。つい二十年くらい前まで子どもたちは、その地の風土、生活、社会状況を映しながらわらべ歌や遊びをしていました。しかし、最近は通りで友達と遊ぶより一人ゲームの時代です。心配なのは子どもの成長に、人とつながるという経験が少なくなること。わらべ歌は人とつながることでしか遊べない貴重な子どもの文化だと思います。 長崎のわらべ歌、昔の人の知恵の詰まった歌を、これからも伝え続けていきたいと思います。 (長崎新聞 2005年9月掲載)

2005年09月02日

ねったか ねらんかあと


ねったか ねらんかあと まくらに きけばよお まくら ものゆうにゃあ ねたと ゆうた

netta-ka naran-kaato makura-ni kikeba-yoo makura mono-yuunyuaa nata-to yuuta




長崎の外海の子守歌です。ゆっくりと歌ってあげましょう。


長崎の外海の森ユキさん、山口オキさんから伝えて頂いた子守歌です(2004年10月16日) 昔、外海の人々は貧しく生活に追われていたそうです。子どもがぐずって寝ないと、別の歌で「ねんねした子の かわいさ みぞさ 起きて泣く子の 面(つら)憎さ 面憎い子は 茶釜に入れて 松葉おりくべて ゆで殺せ」 があったそうです。 現在のように子どもに、かまっていられなかった時代をうかがわせます。 当時の子どもは、夜早く寝ないと大変なことになるぞ!という、おどかしみたいなものがあったのでしょうね。 コンビニやテレビなど無かった時代は、親も子も早寝、早起きだった事でしょう。 そんな背景があった頃の歌ですので、枕がものを申すとは何とも面白い詞ですし、節も美しいと思います。 ぜひ、長崎の子守歌として伝えていきたいと思います。