わらべうたとゆかいな日々
わらべうた 長崎のこと スモーク(くん製)

第五十五回、長崎の出島オランダ商館跡地にお住いだった方々、昔の長崎に興味のある方々のゆるやかな交流会です。

出島は、1951年から50年で全て公有化完了。2017年2月27日に出島表門橋が架かりました。懐かしい昔の長崎のようすを探りませんか?

会のテーマは「長崎手帖」に沿ってです。会費は無料。 いらっしゃいませんか?

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第五十五回「出島集い」

日時:2017年5月30日(火)11:00~13:00
場所:長崎市出島町6 出島内外倶楽部 1F
喫茶・レストラン室
会費:無料
内容:交流会(長崎の明治、大正、昭和の庶民生活のようすなど)
連絡先:携帯 090−9797−3709  山田ゆかり 要連絡
e-mail : warabeutaアットgmail.com




第五十四回、長崎の出島オランダ商館跡地にお住いだった方々、昔の長崎に興味のある方々のゆるやかな交流会です。

出島は、1951年から50年で全て公有化完了。2017年2月27日に出島表門橋が架かりました。懐かしい昔の長崎のようすを探りませんか?

会のテーマは「長崎手帖」に沿ってです。会費は無料。 いらっしゃいませんか?

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第五十四回「出島集い」

日時:2017年4月27日(木)11:00~13:00
場所:長崎市出島町6 出島内外倶楽部 1F
喫茶・レストラン室
会費:無料
内容:交流会(長崎の明治、大正、昭和の庶民生活のようすなど)
連絡先:携帯 090−9797−3709  山田ゆかり 要連絡
e-mail : warabeutaアットgmail.com


大島造船所から海路、出島表門橋が運ばれてきました。

66キロ離れた造船所の現場ツアーに先月参加。その橋の曲線美がクレーンで宙に浮き、架かるのをワクワクして待っていました。

10時から架橋の始まりですが、9時に行くともう人だかり。



先着200名にカステラとコーヒーが出されたらしいがすでに無しです。

オランダ屋敷の白壁沿い松の木が並んだ間から間近に見れました。

子どもの頃に、自分家の庭だと思って金魚やチャボの亡骸を埋めた場所に立っていると、過ぎ去った記憶が蘇ります。



橋の構造美、クレーン、架橋技術の高さに驚き、50年前には想像できなかった復元が一歩一歩前進しててうれしいです。

130年前に石橋が外されたけれど、ぜひ、海で囲まれる出島の姿を実現させて欲しい!!

壮大な復元は後100年はかかるでしょう。



待ちに待ちたる出島表門橋見学です。出島対岸現場→大島造船所へ。

おいしい大島トマトは、大島造船所の農産事業で作っています。前に、行った時は造船と結びつかなくて、トマトを買っただけでしたが。

見学ツアーの抽選で当った30名には、橋の専門家、全国レベルのマスコミ、学生、遠くは山形から来た人もいましたよ。



12時半着→造船所カレー→バスで造船所見学→出島表門橋見学。橋は、でかい鋼鉄のクジラが波を乗り越えていくように見えた。スバラシイ曲線美!!

橋の構造は、江戸町側に橋台を作り重しにして、シーソーのようにバランスをとり出島側に大きな負荷をかけない橋でした。2月27日に架かる予定だそう。

「出島の集い」の代表としては、橋をワクワクして応援しています。

世界に誇れる橋が出来上がっていました。万歳、万歳〜。



精霊流しがなくては長崎のお盆は始まりません。

その精霊流しの掛け声「ドーイドーイ」について長崎手帖よりご紹介します。

長崎の盂蘭盆会(うらぼんえ)の豪華さは精霊流しに尽きるが、盂蘭盆会は梵語から来たと言われる。中国語ではユィランペンホエと発音する。これがウラボンエに転化したのである。精霊流しの掛け声は鉦げいに合わせて「ドーイドーイ」と叫ばれる。ドーイは中国語の得意であろう。即ち思い通りに行って満足するの意で、故人の霊が現世に帰ってきて家人と再会出来た喜びに満足したという程の意味であろうか 猪俣重智 ー長崎なまりーより 

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第四十七回「出島の集い」は、メンバーの松本さんの退職祝いもかねて和やかな会でした。定年退職おめでとうございます!

今月は長崎手帖No.14「泰山木と石」〜「愛八覚書」まで。

8月は休会、次回は2016年9月2日(金)どなたでもいらっしゃってください。



遅刻常習の人を長崎では、西山船と言う。長崎手帖からです。
昔西山の精霊船は一番遅く、大波止辺に来る頃は夜がほの白んでいた。転じて集会などの常習遅刻者を、あいつは西山船のけんと言い、その人が来ると、ようやく西山船が着いたけん、始めましょうかいと言って、開会したもの。
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他に、昔から金比羅山は毎月十日が縁日。そこで長崎では耳の遠い人のことを「金毘羅さん」といっていたそうです。

*十日(長崎弁=とおか=遠か) さん(3が耳の形・人の敬称)

第四十六回「出島の集い」は長崎手帖No.14「盆の思い出」〜「ザボンの月」まででした。

次回は2016年7月17日(日)どなたでもいらっしゃってください。



第四十六回、長崎の出島オランダ商館跡地にお住いだった方々、昔の長崎に興味のある方々のゆるやかな交流会です。

テーマは「長崎手帖」に沿ってです。会費は無料。 いらっしゃってみませんか?

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第四十六回「出島集い」

日時:2016年6月19日(日)11:00~13:00
場所:長崎市出島町6 出島内外倶楽部 1F
喫茶・レストラン室
会費:無料
内容:交流会(昭和30年ごろの長崎のようす・・)
連絡先:携帯 090−9797−3709  山田ゆかり 要連絡
e-mail : warabeutaアットgmail.com

出島は、1951年から50年で全て公有化完了しました。今、復元工事が急ピッチで進んでいます。ごいっしょに、昭和30年ころの懐かしい長崎のようすを探りませんか?

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第四十五回、長崎の出島オランダ商館跡地にお住いだった方々、昔の長崎に興味のある方々のゆるやかな交流会です。

テーマは「長崎手帖」に沿ってです。会費は無料。 いらっしゃってみませんか?

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第四十五回「出島集い」

日時:2016年5月8日(日)11:00~13:00
場所:長崎市出島町6 出島内外倶楽部 1F
喫茶・レストラン室
会費:無料
内容:交流会(昭和30年ごろの長崎のようす・・)
連絡先:携帯 090−9797−3709  山田ゆかり 要連絡
e-mail : warabeutaアットgmail.com

出島は、1951年から50年で全て公有化完了しました。今、復元工事が急ピッチで進んでいます。ごいっしょに、昭和30年ころの懐かしい長崎のようすを探りませんか?

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第三十八回、長崎の出島オランダ商館跡地にお住いだった方々、昔の長崎に興味のある方のゆるやかな交流会です。

テーマは「長崎手帖」に沿ってです。会費は無料。

第三十六回のようすはここです。いらっしゃってみませんか?

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第三十八回「出島集い」
日時:2015年8月30日(日)11:00~13:00
場所:長崎市出島町6 出島内外倶楽部 1F
喫茶・レストラン室
会費:無料
内容:交流会(昭和30年ごろの長崎のようす・・)
連絡先:携帯 090−9797−3709  山田ゆかり 要連絡
e-mail : warabeutaアットgmail.com 

出島は、1951年から50年で全て公有化完了しました。今、復元工事が急ピッチで進んでいます。

ごいっしょに、昭和30年ころの懐かしい長崎のようすをに探りましょう。


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第三十七回、長崎の出島オランダ商館跡地にお住いだった方々、昔の長崎に興味のある方のゆるやかな交流会です。

テーマは「長崎手帖」に沿ってです。会費は無料。

第三十六回のようすはここです。いらっしゃってみませんか?

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第三十七回「出島集い」
日時:2015年7月12日(日)11:00~13:00
場所:長崎市出島町6 出島内外倶楽部 1F
喫茶・レストラン室
会費:無料
内容:交流会(昭和30年ごろの長崎のようす・・)
連絡先:携帯 090−9797−3709  山田ゆかり 要連絡
e-mail : warabeutaアットgmail.com 

出島は、1951年から50年で全て公有化完了しました。今、復元工事が急ピッチで進んでいます。

ごいっしょに、昭和30年ころの懐かしい長崎のようすをに探りましょう。


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この会も発足から3年が経ちました。2015年6月21日は6名参加。

6月12日は棟上げ・餅まきだったので、このごろよく出島に来ています。

前回は、KTNテレビ長崎の取材をうけたので、長崎手帖を読み進めなかった。さっそく音読再開です。
ー象の皮のベルトー エキスプレスは確かわが国では初めての英字新聞ではないですか。常盤町の長崎バスの車庫の前にありましたが、もう面影は何もありません。いま梅ヶ崎中学校の運動場になっている処に深い井戸があって、その水力を利用して印刷機械を廻していたが、その時使っていたベルトが何と象の皮をつないだものでしたよ。厚さが一厘半位ありましたろうか。印刷が終わるとベルトははずし放しで、ずいぶん乱暴な扱い方でその上に重量物を載せようとどうしようとお構いなしでしたが、ただよごれるだけで、傷もつかなければ切口も出来ませんでしたよ。今考えると珍しくもありましたが、恐ろしく強いもでしたね。(大浦町 小間物店 五十川桃治)長崎手帖より
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集いのYさんは大浦育ち、この井戸は確かに深かったそうで、懐かしい昔話に花が咲きました。

出島の内外倶楽部の横庭には、オランダゆかりのミッフィーが。夜にLED点灯するそうで、オランダ総領事館からの贈りものです。

今回は、長崎手帖No.12 長崎一番帳126〜No.13 茶のみ話まで。

前回はここ。次回は7月12日(日)の予定です。



復元される出島6棟の棟上式がありました。2016年10月完成予定。

6棟は、梁も柱大きく堅強な骨組みでした。まず、棟梁が木槌で棟木をドコ〜ン、ドコ〜ンと打ち、式典が始まります。

式典のおわりは、待望の餅まき+カマボコまき(特別)です。

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紅白幕の上から、長崎市長、在大阪・神戸オランダ総領事、長崎の名士さんたちがまきます。ワクワク、ドキドキ。

ぽ〜ん、ぽ〜んと投げられるのをがんばって手をのばしましたよ。

たくさん用意されてて、運良く紅白の餅3個、「出島揚げ」カマボコ2個をいただきました。ラッキーでした。

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出島を型どった扇型のカマボコは、川虎のオリジナル商品。川虎の社長さんがまいて、プリプリで美味しかった。

楽しい一日のしめくくりは、「出島揚げ」とワインで満足!!です。

久しぶりに越中先生にもお会いできて何よりの一日でした。


追記:6棟は、銅蔵(棹銅の収納庫)、組頭部屋(棹銅の検品作業場)、乙名詰所(出島乙名の詰所)、十四番蔵(砂糖の収納庫)、筆者蘭人部屋(商館員の住居)、十六番館(丁子の収納庫)



5月31日は、出島に住んでいた集いの方のTV取材がありました。

取材は、昔の写真の話、出島にまつわる「長崎手帖」の音読などです。

それにケンペルが調査報告した出島地図(出島のまわりに杭が13本打ってある・長崎市史・地誌編 昭和12年発行)を見ながらの話など。

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この長崎市史によると、今は出島(デジマ)と発音する人が多いが、元は築島(ツキシマ)と呼んでいたと書いてありました。

最後に、将来の出島の姿をインタビューされて、皆さん長崎の看板になるように願っていると応えていらっしゃいました。

表門完成が新たな杭が発掘調査で出てき半年ほど延びるもようです。今回は先に進まず、長崎一番帳125まで。次回の集いは、6月21日です。

KTNテレビ長崎の放映は6月5日の18:15~19:00の間だそうです。



出島に住んでいたというと「うそ〜」と言われます。

いやいや、小学校から高校生までこの立っている場所に住んでいたんです。4歳ごろの写真もあります。

今回、KTNの取材をうけました。6月上旬に放映されるらしいです。

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毎日この場所から、新興善小学校→片渕中学校→長崎東高校へ通って育てられたと思っています。

子どものころは、嫌だったこともたくさんありました。

でも、私のだいじなルーツです。



4月19日にあった「出島の集い」のようすです。

長崎手帖の長崎歌・我長崎 其二は、歌で綴った明治33年前後の長崎の案内地図でした。

これに節を付けて、、のご要望ながら音読しながら節はちょっとかんべん願いました。

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124:長崎で、一番力が強いのは(ここでは起重力であるが)三菱造船所の扛重機。扛重機というよりも、長崎っ子には ジャイアント・グレーンといったほうがなじみ深い。このクレーンが港の空にそびえたのは、丁度五十年前の明治四十二年(1908)十二月十四日。英国製で、当時日本人は操作することを知らなかったので、英人技師のジャリー氏は鼻高々とでっかい物を吊り上げたり、向きを変えたりしていたそうである。 ところで、その力であるが、起重力一五0屯と言われるから、トラックなら三十台、特急さちかぜの機関車なら二輛半(石炭車を含まない)長崎料理に出る鯨(全長二十五米)なら一匹半を一度に吊上げる計算になる。なおクレーンには係員以外は登れないが、上からの眺めは市内を一望のうちにおさめて、石川五右衛門ではないが、絶景かなと思わずうなりたくなるそうである。

このクレーンは今、2015年でも使われていて、2003年に国有形文化財に登録されたものです。

4月18日放送の「ブラタモリ 長崎編2」にも取り上げられたそうですよ。

今回は、長崎手帖No.12 長崎歌・我長崎 其二〜長崎の漬物2〜長崎あれこれ11〜長崎一番帳125まで。

前回はここ。次回は5月31日の予定です。


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