わらべうたとゆかいな日々
わらべうた 長崎のこと スモーク(くん製)

うた

つんなんごう つんなんごう いざきのはままで つんなんごう



あそび

手をつなぎ列でうねり歩き→列の先頭は、すきなところへ列を進ませ、
うたの2回目で先頭が最後尾につく

きろく

博多、筑前一円で幼児が手をつないで遊ぶときにうたった。

享保の飢饉の時、荒戸の米倉から出されるお救い米を貰いに行くのに、行き倒れを防止するため、手をつなぎ、助け合って行ったことから、うたわれるようになったという。

享保の飢饉とは、江戸四大飢饉の一つ。1732年に冷夏、長雨の天候不順上、イナゴやウンカなどの害虫があり、大飢饉になった。

福岡藩でも全人口30万人の約20の%6、7万人が飢餓で亡くなりました。手をつないで行かなくてはならない切迫した時代があったのですね。

江戸では、この大飢饉によって打ちこわし、コレラがおこり多くの犠牲者を弔うために、徳川吉宗隅田川花火大会を始めたそうです。

第57回わらべうたでは他に羊毛鈴つくりもして、賑やかなワークショップでした。No.230

(参考文献・日本わらべ歌全集 福岡のわらべ歌)


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