わらべうたとゆかいな日々
わらべうた 長崎のこと スモーク(くん製)

妹に今里酒造の蔵開きに誘われたけど仕事だった。

すると、蔵開き限定酒をお土産に買ってきてくれた。ありがたきかな妹よ。

わがままな姉につきあい60余年、なんでもお見通しである。

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母を亡くして一年経つが、親の防波堤が無くなっても妹弟がいてくれるのは心強いのです。

蔵開き限定酒を飲みながら、人は一人では生きて行かれず助け合いながら暮らすことをしみじみ味わう。美酒だったよ、感謝!!

明日は、母の一周忌。烏兎匆匆 (うとそうそう)なり。



福岡で活躍中の腸セラピストの河野彩子さん。元ナースで16年間大学病院にいらっしゃったそうです。

冷え性が気になって、長崎でも始められたので施術してもらいました。

呼吸にあわせたゆっくりとした手当てはお腹がぽかぽかしてきます。

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緊張している腸をほぐし、下がってしまっているのを整えてもらうと体がトロリンと喜んでいるみたい。

子どもの時お腹が痛くて母にさすってもらった以来です。

大人になって腸を手当してもらうって気持ちが安らぎますよ。

わたしの腸さん、お疲れさま。またがんばってね。

ホリスティック腸セラピスト彩子の「おなかとこころでハッピーライフ♡」
【料金】 60分 7000円
【場所】 福岡市中央区(ヤフオクドーム近く)
     天神より 地下鉄唐人町駅より徒歩10分
     バス:最寄バス停より徒歩2分
     *長崎の日程は月末。サイトはここ
     *詳細はご予約確定後にお知らせされます。予約はここ



シュテルツ・トーマスさんを連れて長崎歴史文化協会へ行きました。

トーマスさんは、ミュンヘン大学アジア研究部日本センター在。今、長崎大学博士課程に籍を置く日本政府給費留学生です。

ドイツの青年で「出島の集い」にも参加され、出島の成り立ちについて知りたいと言うことで伺いました。

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95歳になられた越中先生はお元気で、研究熱心に書き物をしていらっしゃいました。

先生の話では、出島居留地は明治以降土地の所有権を持っている株人がたくさんいて、個別に外人や商売をしていた人に土地を売った行ったそうです。

それを第二次大戦後、長崎市が史跡として公有地化するのにいろんなドラマがあったそうです。多分に政治的なこともあったらしくフムフムでした。

私が知らない父の出島での仕事の経緯や、戦後の長崎の動向が わかって面白かった。先生、お元気でなによりです。

ずっと長崎の重鎮でいらっしゃってください!!


 
表編みと裏編みしかできず、若〜い時にセーターを編んだレベルです。

歳を重ねると根気がいることは「まぁ、いいや」となげ出す前のチャレンジ。

自分に必要な物、スパイラルソックスにしました。まっすぐ編むだけでカンタンらしい。やってみるか!!

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母からセーターやコートも編んでもらっていたのに教わっとけばよかった。でも強い味方の義理の妹が居たんです。助かるなぁ。

最初の作り目からつまずき4回やり直し、一段編み3回やり直し、毛糸はもつれ、ふ〜〜とため息がでます。

さて、いつになったら完成だろうか。骨がおれますぞ!!



お正月に、東京都昭島で坂野知恵さんに会ってきました。

わらべうたで全国的に活躍中の知恵さん。あいかわらず穏やかな方です。

お誘いを受け月イチ歌舞伎映画鑑賞。こんな素敵な企画が都会にあるんですね。

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昭島にある映画館での『人情噺 文七元結』は、山田洋次監督が十八世中村勘三郎の要請に応えて、シネマ歌舞伎を初めて監督した作品。見応え十分!!

もう、亡くなって4年もたつ五代目勘九郎さん。57歳没は惜しいです。

博多座の猿之助の歌舞伎を観に行った以来でしたが、なんのなんのシネマ歌舞伎は 大写しで臨場感バッチリでした。

シネマの後は、bookカフェでわらべうた話。たっぷり楽しかったぁ。



来客がある最悪のタイミングでiphone5を水没させてしまった。

めげていたのですが、なんと生き返ったぁ!! なので出島の第3期6棟復元式典とレセプションに出席できました。

ミリアンさん、お友だちもご一緒できたのは良いけれど、英語が未熟なので会話が成りたたないんです。がっかり。

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でも、食事となると手ぶりをまじえてゆかいに話せます。茶碗蒸しとお鮨をご紹介しました。

それが、お二人ともお任せ鮨12貫全てぺろりと食べられてビックリ!です。

先だってのフランス人は、2貫しか食べられなかったとお店の人の話。

お二人ともマグロ大好物、箸使いも見事、鮨好き三人は意気投合。幸三鮨は美味しかったですよ。

でも、う〜〜〜んと英語をガンバルべきでした。

鮨幸三
住所 長崎県 長崎市銅座町12-2
電話番号 095-820-7757
予約された方がよい



うた

せんぶは 四枚の はねもっとる あしゃ 六本 とべとべ



あそびかた

0〜1歳児(おすわりできた頃から)
1)高い高いをして、赤ちゃんのお腹を頭にのせる (あたま) 
2)足にのせてゆすり、ひっくりかえりさせる (ひっくりかえり)



3歳児
3)子どものお腹に大人の両足をあて、子どものからだをピンとさせる→高くあげ、足乗り飛行機のように上下させる 空中あそびはここです。

きろく

せんぶとはトンボの方言で、竹とんぼで遠くに飛ばすあそびです。

長崎の加津佐町では「せんぶ」長崎市では「へんぶ」と 言われていたそうです。 「あしゃ」とは足のことです。

島原でわらべうたを始めて3年がたちました。2016年の春陽保育園のテーマは、わかい先生方に舵取りを任せて各自のプログラムを組むことでした。

担当された先生は、不安ながらもはりきってチャレンジ。かんばって指導されている先生の姿は生き生きしてて素敵でした。

1)No.227 2)No.228

(参考資料: 佐賀 長崎のわらべ歌 柳原書店)



母、としこさんが93歳の生を終えました。老衰でした。

私たちは、4回の危篤その時その時に、母がどのように生きて逝くかに直面し、学ばせてもらいました。

遠くから孫、ひ孫も危篤のたびに帰省し話ができて幸いでした。

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人生の防波堤だった母を失って寂しい。もう会えない。

次は自分の番だと思い、これからどう生きていくかが問われているようです。

でも、昔のこの写真の母ように顔をあげ、前を見すえて生きますね。

まだまだ「さようなら」が呑み込めませんよ。としこさん。



うれしや、男もの大島紬をいただきました。

大島は、シュシュと衣擦れがして光沢があり、素敵な着物です。遠目には茶の無地に近くおしゃれでした。

その地味な大島に、鮮やかな帯を〆て矢上神社です。

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母の結城紬も寒いころふんわりとして暖かい。でも、春めいてきたら薄くて軽い大島がいいんです。

大好きな着物がまたふえました。ありがとうございます!!

さっそく、母にも見せびらかそう。




先日、みさかえの園で大阪からいらっしゃた今川咲恵さんに運良くお会いできました。今川さんは壁画作家でいらっしゃいます。

壁、シャッター、看板などに絵を描いている作品集は、おおらかな感性があふれる作品ばかりのでした。

いいタイミングで、ピンクとサボテンがステキな絵ハガキをもらいました。

”Let’s make a flower open up in everyone’s heart!! ”「みなさんの心にパッとお花が咲きますように」がいいなぁ。

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彼女の絵は、色とりどりで屈託のない明るさは人を元気にしてくれます。

この4月に、みさかえの園創立50周年記念で園内で絵を描いてくださるそうです。

みさかえの園が元気になるのはうれしいなぁ。あんどんの間もがんばらなきゃ!!

4月の作品はどんなだろう、楽しみにしています。



建築家・中村好文氏の松浦での講演会に行きました。2016年2月20日。このごろ建築をリサーチ中なのです。

うちの田舎の家はすでに、雨漏りもしていてどうにかかしなくちゃなのです。いろんな建築の本を読むと、中村氏の建築や家具がいい!! 

講演会は、4件の建築について。スケルトンインフィルのご自宅 神戸のLuna Hut 吉川順三氏の軽井沢の別荘のリノベ 「小屋においでよ!」などの詳しい説明とスライドでした。

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心地よい暮らしを工夫し大切にするコンセプトが、どの建築にも生かされています。いいなぁ、、ため息がでます。

さいごに厚かましく長崎での建築歴をお聞きしましたら、「長崎では0、依頼したいなら僕は年だから早めにね」と言われ舞い上がりそう!

でも、詰まるところ資金がないのですよ。大いに心は揺らぎましたが、あ〜〜、ざんねんだわぁ。


ざんねんでなかったのは、あじ彩の美味しいお刺身でした。



卒業式によくうたわれる「旅立ちの日に」です。

この曲は、2013年Mさん小学校の時に弾けていたのですがYoutube していなかった。こんど改めて記録としてアップしました。

同じ頃弾いた「大空がむかえる朝」はアップで70,804のアクセス。すごいです。



「お家の女中さん」は元気でかわいいわらべうたの頃の彼女です。それが成長して、はや中学生に。記録しててよかったと思います。

わらべうたを遊び、マイペースでピアノを弾く彼女はすばらしい!!

これからもマイペースを続けてほしいです。



母・としこさんの生命力は強かった。

一ヶ月前に危篤だったのを乗り越えました。それも、セミが脱皮するみたいに。

意識は前よりクリアー、おしゃべりもできます。でも、IVHが必要な状態。

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ありがたいことに、数口だけムースプリンや桃のすりおろしも食べれます。

病院では、同室の方や看護師さん先生たちを興味シンシンで眺め、動きを楽しんでるようす。

としこさんのそばにいて木曽節を歌えるのは、限られているけれど大切にしたいです。

みなさん、お気遣いありがとうございます!!



みなさんにご心配をかけています。

母・としこさんは強かった。危篤のふちから生還しました。

人間の生命力は数値では測れないのですね。ほっとしています。

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でも、足はパンパンにむくみ、手はつめたく、食も点滴です。まだ危うい綱渡りですが顔色がよくなりました。

ひ孫につめたくなった手をマッサージしてもらってうれしいそう。「大きな栗の木の下で」をうたうと目を細めます。

先生、看護師さんありがとうございます。



先日、母・としこさんが危ない状態になりました。

救急車で三菱長崎病院へ、熱が39度、敗血症で白血球が80,000、血圧も脈拍数も呼吸も大きく乱れ、、危篤になりました。

先生は、「僕は白血球が80,000という数値は見たことありません、 身内を呼ばれてください。」と。孫も急ぎ戻ってきました。

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姉弟そろって、必死にベットサイドで「としこさん、としこさん、、」と呼びかけると息をふきかえします。

それに、三菱病院に戻ってきたのが解るらしく反応があります。先生や看護婦さんたちの手厚い看護で持ちこたえています。

聴覚はしっかりしていて、としこさんの生命力が頼みの綱です。

すみませんが、東京行きもキャンセル。しばらくblogもおやすみします。


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