わらべうたとゆかいな日々
わらべうた 長崎のこと スモーク(くん製)

大島造船所から海路、出島表門橋が運ばれてきました。

66キロ離れた造船所の現場ツアーに先月参加。その橋の曲線美がクレーンで宙に浮き、架かるのをワクワクして待っていました。

10時から架橋の始まりですが、9時に行くともう人だかり。



先着200名にカステラとコーヒーが出されたらしいがすでに無しです。

オランダ屋敷の白壁沿い松の木が並んだ間から間近に見れました。

子どもの頃に、自分家の庭だと思って金魚やチャボの亡骸を埋めた場所に立っていると、過ぎ去った記憶が蘇ります。



橋の構造美、クレーン、架橋技術の高さに驚き、50年前には想像できなかった復元が一歩一歩前進しててうれしいです。

130年前に石橋が外されたけれど、ぜひ、海で囲まれる出島の姿を実現させて欲しい!!

壮大な復元は後100年はかかるでしょう。



シュテルツ・トーマスさんを連れて長崎歴史文化協会へ行きました。

トーマスさんは、ミュンヘン大学アジア研究部日本センター在。今、長崎大学博士課程に籍を置く日本政府給費留学生です。

ドイツの青年で「出島の集い」にも参加され、出島の成り立ちについて知りたいと言うことで伺いました。

image

95歳になられた越中先生はお元気で、研究熱心に書き物をしていらっしゃいました。

先生の話では、出島居留地は明治以降土地の所有権を持っている株人がたくさんいて、個別に外人や商売をしていた人に土地を売った行ったそうです。

それを第二次大戦後、長崎市が史跡として公有地化するのにいろんなドラマがあったそうです。多分に政治的なこともあったらしくフムフムでした。

私が知らない父の出島での仕事の経緯や、戦後の長崎の動向が わかって面白かった。先生、お元気でなによりです。

ずっと長崎の重鎮でいらっしゃってください!!



待ちに待ちたる出島表門橋見学です。出島対岸現場→大島造船所へ。

おいしい大島トマトは、大島造船所の農産事業で作っています。前に、行った時は造船と結びつかなくて、トマトを買っただけでしたが。

見学ツアーの抽選で当った30名には、橋の専門家、全国レベルのマスコミ、学生、遠くは山形から来た人もいましたよ。



12時半着→造船所カレー→バスで造船所見学→出島表門橋見学。橋は、でかい鋼鉄のクジラが波を乗り越えていくように見えた。スバラシイ曲線美!!

橋の構造は、江戸町側に橋台を作り重しにして、シーソーのようにバランスをとり出島側に大きな負荷をかけない橋でした。2月27日に架かる予定だそう。

「出島の集い」の代表としては、橋をワクワクして応援しています。

世界に誇れる橋が出来上がっていました。万歳、万歳〜。



第五十回、長崎の出島オランダ商館跡地にお住いだった方々、昔の長崎に興味のある方々のゆるやかな交流会です。

テーマは「長崎手帖」に沿ってです。会費は無料。 いらっしゃってみませんか?

IMG_1828

第五十回「出島集い」

日時:2016年11月18日(金)11:00~13:00
場所:長崎市出島町6 出島内外倶楽部 1F
喫茶・レストラン室
会費:無料
内容:交流会(昭和30年ごろの長崎のようすなど)
連絡先:携帯 090−9797−3709  山田ゆかり 要連絡
e-mail : warabeutaアットgmail.com

出島は、1951年から50年で全て公有化完了しました。2006年10月に新しく6棟の復元ができています。

昭和30年ころの懐かしい長崎のようすを探りませんか?

大きな地図で見る


来客がある最悪のタイミングでiphone5を水没させてしまった。

めげていたのですが、なんと生き返ったぁ!! なので出島の第3期6棟復元式典とレセプションに出席できました。

ミリアンさん、お友だちもご一緒できたのは良いけれど、英語が未熟なので会話が成りたたないんです。がっかり。

image

でも、食事となると手ぶりをまじえてゆかいに話せます。茶碗蒸しとお鮨をご紹介しました。

それが、お二人ともお任せ鮨12貫全てぺろりと食べられてビックリ!です。

先だってのフランス人は、2貫しか食べられなかったとお店の人の話。

お二人ともマグロ大好物、箸使いも見事、鮨好き三人は意気投合。幸三鮨は美味しかったですよ。

でも、う〜〜〜んと英語をガンバルべきでした。

鮨幸三
住所 長崎県 長崎市銅座町12-2
電話番号 095-820-7757
予約された方がよい



精霊流しがなくては長崎のお盆は始まりません。

その精霊流しの掛け声「ドーイドーイ」について長崎手帖よりご紹介します。

長崎の盂蘭盆会(うらぼんえ)の豪華さは精霊流しに尽きるが、盂蘭盆会は梵語から来たと言われる。中国語ではユィランペンホエと発音する。これがウラボンエに転化したのである。精霊流しの掛け声は鉦げいに合わせて「ドーイドーイ」と叫ばれる。ドーイは中国語の得意であろう。即ち思い通りに行って満足するの意で、故人の霊が現世に帰ってきて家人と再会出来た喜びに満足したという程の意味であろうか 猪俣重智 ー長崎なまりーより 

IMG_1573

第四十七回「出島の集い」は、メンバーの松本さんの退職祝いもかねて和やかな会でした。定年退職おめでとうございます!

今月は長崎手帖No.14「泰山木と石」〜「愛八覚書」まで。

8月は休会、次回は2016年9月2日(金)どなたでもいらっしゃってください。



第四十七回、長崎の出島オランダ商館跡地にお住いだった方々、昔の長崎に興味のある方々のゆるやかな交流会です。

テーマは「長崎手帖」に沿ってです。会費は無料、月1回開いています。

前回 6月19日のようすはここです。いらっしゃってみませんか?

IMG_1545

第四十七回「出島集い」

日時:2016年7月17日(日)11:00~13:00
場所:長崎市出島町6 出島内外倶楽部 1F
喫茶・レストラン室
会費:無料
内容:交流会(昭和30年ごろの長崎のようす・・)
連絡先:携帯 090−9797−3709  山田ゆかり 要連絡
e-mail : warabeutaアットgmail.com

出島は、1951年から50年で全て公有化完了しました。今、復元工事が急ピッチで進んでいます。ごいっしょに、昭和30年ころの懐かしい長崎のようすを探りませんか?

大きな地図で見る



遅刻常習の人を長崎では、西山船と言う。長崎手帖からです。
昔西山の精霊船は一番遅く、大波止辺に来る頃は夜がほの白んでいた。転じて集会などの常習遅刻者を、あいつは西山船のけんと言い、その人が来ると、ようやく西山船が着いたけん、始めましょうかいと言って、開会したもの。
IMG_1546

他に、昔から金比羅山は毎月十日が縁日。そこで長崎では耳の遠い人のことを「金毘羅さん」といっていたそうです。

*十日(長崎弁=とおか=遠か) さん(3が耳の形・人の敬称)

第四十六回「出島の集い」は長崎手帖No.14「盆の思い出」〜「ザボンの月」まででした。

次回は2016年7月17日(日)どなたでもいらっしゃってください。



第四十五回、長崎の出島オランダ商館跡地にお住いだった方々、昔の長崎に興味のある方々のゆるやかな交流会です。

テーマは「長崎手帖」に沿ってです。会費は無料。 いらっしゃってみませんか?

R0032484

第四十五回「出島集い」

日時:2016年5月8日(日)11:00~13:00
場所:長崎市出島町6 出島内外倶楽部 1F
喫茶・レストラン室
会費:無料
内容:交流会(昭和30年ごろの長崎のようす・・)
連絡先:携帯 090−9797−3709  山田ゆかり 要連絡
e-mail : warabeutaアットgmail.com

出島は、1951年から50年で全て公有化完了しました。今、復元工事が急ピッチで進んでいます。ごいっしょに、昭和30年ころの懐かしい長崎のようすを探りませんか?

大きな地図で見る



第三十八回、長崎の出島オランダ商館跡地にお住いだった方々、昔の長崎に興味のある方のゆるやかな交流会です。

テーマは「長崎手帖」に沿ってです。会費は無料。

第三十六回のようすはここです。いらっしゃってみませんか?

P1230314

第三十八回「出島集い」
日時:2015年8月30日(日)11:00~13:00
場所:長崎市出島町6 出島内外倶楽部 1F
喫茶・レストラン室
会費:無料
内容:交流会(昭和30年ごろの長崎のようす・・)
連絡先:携帯 090−9797−3709  山田ゆかり 要連絡
e-mail : warabeutaアットgmail.com 

出島は、1951年から50年で全て公有化完了しました。今、復元工事が急ピッチで進んでいます。

ごいっしょに、昭和30年ころの懐かしい長崎のようすをに探りましょう。


大きな地図で見る



第三十七回、長崎の出島オランダ商館跡地にお住いだった方々、昔の長崎に興味のある方のゆるやかな交流会です。

テーマは「長崎手帖」に沿ってです。会費は無料。

第三十六回のようすはここです。いらっしゃってみませんか?

Untitled

第三十七回「出島集い」
日時:2015年7月12日(日)11:00~13:00
場所:長崎市出島町6 出島内外倶楽部 1F
喫茶・レストラン室
会費:無料
内容:交流会(昭和30年ごろの長崎のようす・・)
連絡先:携帯 090−9797−3709  山田ゆかり 要連絡
e-mail : warabeutaアットgmail.com 

出島は、1951年から50年で全て公有化完了しました。今、復元工事が急ピッチで進んでいます。

ごいっしょに、昭和30年ころの懐かしい長崎のようすをに探りましょう。


大きな地図で見る



この会も発足から3年が経ちました。2015年6月21日は6名参加。

6月12日は棟上げ・餅まきだったので、このごろよく出島に来ています。

前回は、KTNテレビ長崎の取材をうけたので、長崎手帖を読み進めなかった。さっそく音読再開です。
ー象の皮のベルトー エキスプレスは確かわが国では初めての英字新聞ではないですか。常盤町の長崎バスの車庫の前にありましたが、もう面影は何もありません。いま梅ヶ崎中学校の運動場になっている処に深い井戸があって、その水力を利用して印刷機械を廻していたが、その時使っていたベルトが何と象の皮をつないだものでしたよ。厚さが一厘半位ありましたろうか。印刷が終わるとベルトははずし放しで、ずいぶん乱暴な扱い方でその上に重量物を載せようとどうしようとお構いなしでしたが、ただよごれるだけで、傷もつかなければ切口も出来ませんでしたよ。今考えると珍しくもありましたが、恐ろしく強いもでしたね。(大浦町 小間物店 五十川桃治)長崎手帖より
Untitled

集いのYさんは大浦育ち、この井戸は確かに深かったそうで、懐かしい昔話に花が咲きました。

出島の内外倶楽部の横庭には、オランダゆかりのミッフィーが。夜にLED点灯するそうで、オランダ総領事館からの贈りものです。

今回は、長崎手帖No.12 長崎一番帳126〜No.13 茶のみ話まで。

前回はここ。次回は7月12日(日)の予定です。



復元される出島6棟の棟上式がありました。2016年10月完成予定。

6棟は、梁も柱大きく堅強な骨組みでした。まず、棟梁が木槌で棟木をドコ〜ン、ドコ〜ンと打ち、式典が始まります。

式典のおわりは、待望の餅まき+カマボコまき(特別)です。

Untitled

紅白幕の上から、長崎市長、在大阪・神戸オランダ総領事、長崎の名士さんたちがまきます。ワクワク、ドキドキ。

ぽ〜ん、ぽ〜んと投げられるのをがんばって手をのばしましたよ。

たくさん用意されてて、運良く紅白の餅3個、「出島揚げ」カマボコ2個をいただきました。ラッキーでした。

P1230211

出島を型どった扇型のカマボコは、川虎のオリジナル商品。川虎の社長さんがまいて、プリプリで美味しかった。

楽しい一日のしめくくりは、「出島揚げ」とワインで満足!!です。

久しぶりに越中先生にもお会いできて何よりの一日でした。


追記:6棟は、銅蔵(棹銅の収納庫)、組頭部屋(棹銅の検品作業場)、乙名詰所(出島乙名の詰所)、十四番蔵(砂糖の収納庫)、筆者蘭人部屋(商館員の住居)、十六番館(丁子の収納庫)



6月12日(金)は、出島の復元棟の棟上で餅まきがあります。

ずいぶん整ってきた出島。大正12年ころの地図と見比べてください。

明治37年に、海に浮かぶ出島の原型が埋め立てられました。

続いて(赤点)を削って川幅を広くしたのがわかります。出島は、今より少し大きく橋も小さかったんですね。

5100900832_bdf36e76ae_b

下の地図は大正12年の地図。当時は、ゼンリンの地図やもちろん、google mapsもありませんでした。

出島は大正11年に国の史跡に指定されましたので、それで地図もできたのかもしれません。

大正時代の町名、電車の路線、電停も今とちがっていますね。

P1230082

出島を元の形に甦させるプロジェクトが進んでいてうれしいです。

餅まきにはカマボコも?まかれるとか、、ぜひ行かんばいかん!!

晴れてくれんば困るとです。



5月31日は、出島に住んでいた集いの方のTV取材がありました。

取材は、昔の写真の話、出島にまつわる「長崎手帖」の音読などです。

それにケンペルが調査報告した出島地図(出島のまわりに杭が13本打ってある・長崎市史・地誌編 昭和12年発行)を見ながらの話など。

P1230116

この長崎市史によると、今は出島(デジマ)と発音する人が多いが、元は築島(ツキシマ)と呼んでいたと書いてありました。

最後に、将来の出島の姿をインタビューされて、皆さん長崎の看板になるように願っていると応えていらっしゃいました。

表門完成が新たな杭が発掘調査で出てき半年ほど延びるもようです。今回は先に進まず、長崎一番帳125まで。次回の集いは、6月21日です。

KTNテレビ長崎の放映は6月5日の18:15~19:00の間だそうです。


次ページへ »