わらべうたとゆかいな日々
わらべうた 長崎のこと スモーク(くん製)


ちょっと大げさかもしれませんが、皮バック2つと靴が生き返りました。

30年ほど前のトート型の皮バックは、子育ての時さんざん使って入り口の縁はボロボロ ポケットはやぶれ、底の角は穴があいていました。

たくさん入ってスタイルがいいのですが、、、、もうダメか!とあきらめていました。

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うぐいす色のショルダーバックはヌメ皮にいい味が出できたらベルトの縫い目ところから ほつれ、やぶれも出てきました。これも使って30年近くなります。

靴は、ハワイで買って12年履いて来ました。底はいくども修理しましたがすり減ってしまいました。

どの靴屋さんに持って行っても、底ならだけど、サイドのやぶれはできないですねぇ〜と言われ悲しくなっていました。

高かったし、迷って買って思い入れのある靴だったのです。

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それらが、蘇ったのです!! うれしいです。腕が良い上に皮をこよなく愛して修理してくれるカモ川靴店さんのおかげです。

大浦にあるカモ川靴店さんを紹介してくれたユキさんにも早速、お礼をいいました。

修理の出来ばえをみれば皮職人の丁寧さと心意気が伝わります。こんな立派な仕事をされる方は滅多にいません。

ああ、ありがたい、よくぞ生き返ったという感謝の念がいっぱいになりました。

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次回は、娘が今年パリで買ってきたブーツのファスナーがもう壊れてしまってて、「好きなのにまったくガッカリだわぁ〜」って言っていたのもまた直してもらえます。

ファスナー入院一週間、治療費3000円とは、まったく良心的でうれしい!!



どこの道路わきにでも咲いている野の花は小さくても健気です。

野の花の写真は、自分がてらうことなく一瞬の時を掴めるので好きです。
高性能になったデジカメはマクロにするとラクチン設定で小さい花でも私の格好の
モデルになります。

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まるで花の精が住んでいるようです。
どうしてこのようなスガタ、カタチ、イロがでるのでしょう。

健気に咲いた花は、だれにほめられずとも見られることもなくても咲き、枯れていきます。
アッパレですね。見習わなくちゃ、、、。

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花もですが、生けるものは全て一時のすばらしさを記憶として持ち続けることはできません。
せめて記憶の呼び戻しになるなら何枚も取っておきたいのです。

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私は、いつも RICOH GX100というデジカメを持ち歩き、さっと撮るのが習慣になっています。
肉眼で見たのとまたちがって写真は「時」を切り撮ることが出来ます。

私のような写真オンチでも、気がねなくたくさん撮っては Flickr にあげています。
Flickrはネット上にある写真館みたいなもので便利ですね。

2010年の11月までに6000枚撮っていました。
後一ヶ月で500枚プラスとして年間6500枚、毎日平均すると18枚になります。

来年はもっと撮るでしょう。


わらべうたで使う桃まんじゅうの縫ぐるみを頼みました。
念願かなってできた縫ぐるみは見事なチリメン布の桃まんじゅうでした。

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これは、布のおもちゃをたくさん作られている「布の絵本」の方々の作品です。
「布の絵本」グループは子どもたちが直に手で触って、使って遊べる布のおもちゃを
長崎の「おもちゃの館 ピーターパン」にたくさん出していらっしゃいます。

ピーターパンの場所は、長崎市茂里町2-41の もりまちハートセンター2階です。
毎週、火・木・土曜日の10:00~15:00のみ開館していて無料で親子が遊べますよ。
子どものために良く考えられたすばらしい手作りのおもちゃがいっぱいです。

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桃は中国で昔から邪気を祓い不老長寿をかなえる果物でそれが日本にも伝わっています。
長崎では饅頭と言えば桃まんじゅうです。
くんちの時も庭みせでお膳に盛ってあるのは桃まんじゅうと柿と栗です。

この桃まんじゅうを使ってわらべうたをうたうのが楽しみです。



うた

ぎっこん ばったん ちゃんぽろりん じいにいったん おってきしゅ んべへいったん おってきしゅ ぎっこんばったん ちゃんぽろりん



両足をのばしてひざの上に子どもを乗せ、手を取りうたに合わせて 前後にはた織りをするよう紡ぐ。
または、舟こぎのようなしぐさでこぐ。

きろく

昔、長崎の外海で歌われあそばれていたていた、わらべうたです。

外海町は、かつてキリシタンの信仰が迫害を受けた時代も隠れながら 奥深い山々や、 入り組んだ海岸に守られ信仰が生き続けている地方です。

ドロ神父様の教えを守り、人と人が助け合い分かち合う精神は このうたにもうたわれています。

爺に一反、んべ(お婆さん)へ一反と歌っているのは、そのやさしさでしょう。

”あっかとばい”では、一歳のあかちゃんのグループから大切な身近な お父さん、お母さん、 兄妹、お友達の名前を入れてうたっています。

ひざの上に乗せたり、手を取り合いながらあそぶわらべうたは たくさんありますが、子どもはうたの中に 自分の知っている人の 名前が出ると思わずにっこり微笑みます。

うたが自分のものになるからでしょう。 これは大切な事で、親と体を添わせて一体となり、反物をおりながら プレゼントする人のことを想像するのです。 そして、くり返し、くり返し何人にもに織ってあげるのです。

今の時代は、物が溢れていますが素朴なうたは子どものイマジネーションを 豊かにします。
(長崎新聞 掲載:参考資料: 佐賀 長崎のわらべ歌 柳原書店)

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