わらべうたとゆかいな日々
わらべうた 長崎のこと スモーク(くん製)

父の机を整理していたら木箱が見つかりました。

木箱の蓋に

「昭和23年3月1日午前2時半
卒業製図完了 懐中電燈の光にて
我が 三歳(ねん)の業なりぬ
熊本工業専門学校建築家
山口光臣
  三十五才」

を見て頑張ってきた父の姿が目に浮かびます。

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毛筆書きの父の履歴書二枚もみつかりました。

一枚目は本籍、現住所、生年月日に学歴、職歴です。
昭和15年に4ヶ月間西浦上小学校に勤務した後、満州に渡っています。
その後、昭和20年に官立彦根工業専門学校に入学しました。
しかし、終戦後に満州に渡っていた兄家族を心配して全員を連れ戻しに
満州へ行き引き上げたのが昭和20年11月だったと聞いています。
昭和21年春に現熊本大学工学部に編入学、木箱の蓋にかいた23年に卒業したのです。

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昔の人らしく和紙にきちんと書かれた工事歴をみると満州から帰国して
長崎の高島、そして出島オランダ商館跡復元工事を施工監督したことが書いてありました。

何事も正面から集中力をもって行動する人でした。